被災者の役に立ちたい方たちへ

支援物資もルートの確保が進み、十分でないにしろ被災地に運ばれるように
なったようですね。

アメリカ軍の重機が一気に瓦礫を片付けて
道路・空港の滑走路の確保ができたそうです。

あまり報道されていないけれど、どうしてだろう?

昨日トイレットペーパーをダンボール2箱、
乾電池を多量に買い占めるご婦人2人組を見た。
被災者の方々は「買占めはダメ」と譲り合っていると言うのに。
政府の呼びかけも国民すべてには届かない。

天神で集めた支援物資のダンボールの山。
拍手で送られて出発したらしいけど
その後どうなったんだろう?
仕分けは?輸送経路は?受付てもらえるの?

義援金詐欺も福岡市長のツイッターで報告されている。


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このような書き込みがありましたので掲載させていただきました。



「被災者の役に立ちたいと考えている優しい若者たちへ」

~僕の浅はかな経験談~


阪神大震災が起きたとき、僕は高校3年生で、しかもセンター試験の翌日だった。


遠くから沢山のトラックが走ってくるような、不気味な音が夢うつつに聞こえ、
気がつくと家全体が揺れていた。父親にたたき起こされて玄関を開け、
ガスを閉めてTVをつけると、阪神高速が崩壊していた。家が揺れた恐怖と、
テレビの実感の無さと、街中の静けさが記憶に残っている。


その日は登校してセンター試験の自己採点を行い、
二次試験のための面談をしなければならなかった。
僕は迷ったが、結局自転車で出発した。
大阪城の堀から水が溢れ出していた。


学校に着くと全てがいつもどおりで、来ていない生徒もいたが、
先生は特に何も言わなかった。
粛々と自己採点し、粛々と面談が行われた。
僕達の仲間で三宮と西宮に住んでいる友人がいたのだが、
さすがに登校はしていなかった。
昼休みに仲間3人で、二次試験が終わったらボランティアに行こうと話をしていた。


下校時刻になって、担任の物理教師がおもむろに話しだした。
「今回の震災で我校の教師や生徒も被災者となり、登校できない人がいます。
センター試験が終わり、受験生としての役目を終えた人もいると思います。
あなた方の中には、正義感や義侠心に駆られて現地に乗り込む人もいるでしょう。
それは間違ったことではありませんが、正直に言えば、
あなた方が役に立つことはありません。
それでも何かの役に立ちたいという人は、これから言う事をよく聞いてください。


まず食料は持って行き、無くなったら帰ってくること。
被災地の食料に手を出してはいけません。
寝袋・テントを持っていくこと。乾いた床は被災者のものです。
あなたがたが寝てはいけません。

作業員として登録したら、仕事の内容がどうであれ拒否してはいけません。
集団作業において途中離脱ほど邪魔なものはないからです。

以上の事が守れるのであれば、君たちはなんの技術もありませんが、
若く、優秀で力があります。少しでも役に立つことがあるかもしれない

ただ私としては、今は現地に行かず受験に集中し、
大学で専門的な知識や技術を身につけて、
10年後20年後の災害を防ぐ人材になって欲しいと思っています。

言葉の端々は忘れてしまったが、教師が言いたかったことは今でもはっきり憶えている。


結局僕たちは、物理教師の言ったとおり、なんの役にも立たなかった。


配給のパンを配って回ったり、お年寄りの移動に付き添ったり、
避難所の周りを掃除したり、雑用をさせてもらったが、持っていった食料は5日で尽きた。
風呂には入らなかったが、寝るところは防犯上困ると言われて避難所の中で寝た。


生活のインフラ整備や瓦礫除去作業は、消防や自衛隊があ然とするくらい力強く、
迅速に問題を解決していった。僕達の存在は宙に浮き、
遊び半分で来たボランティアごっこのガキ扱いをされていた。
実際手ぶらで現地に入って、汚い仕事を嫌がるような若者はたくさんいたし、
そういうグループと僕達が、能力的に大きな差があったかというと、
とてもそうとは言えなかった。


僕達が現地で強く学んだことは、「何かして欲しい人」がいて
「何かしてあげたい人」がいても、事態は何も前進しないということだった。
人が動くためには、「人を動かす人」が必ず必要になる。
社会人なら常識として知っている事さえ、僕たちは知らなかった。


僕達は現実に打ちひしがれて現地を離れ、浪人を経て京都の大学生になった。
そして被災地への情熱も無くなっていった。結果的に僕達の正義感は、
ハリボテだったのだ。正直に告白し、反省する。僕たちは、神戸への気持ちを、
たった一年間も持続させる事さえできなかった。




今回の震災で、被災した人の役に立ちたい、被災地のために何かをしたい、
と感じている若い人達がたくさんいると思う。


でも慌てないで欲しい。今、あなた方が現地で出来ることは、何一つ無い。
現地に存在すること自体が邪魔なのだ。今は、募金と献血くらいしか無いだろう。
それでも立派な貢献だ。胸を張って活動して欲しい。


そして、是非その気持を、一年間、持ち続けて欲しい。もしも一年経って、
あなたにまだその情熱が残っているなら、活躍できるチャンスが見えてくるはずだ。


仮設住宅でのケアや被災者の心の病、生活の手助けなど、
震災直後よりも深刻な問題がたくさん出てくる。そういった問題を解決するために、
NPOなどが立ち上がるだろう。その時に初めて、
被災地は「何も出来ないけど何かの役に立ちたいと思っている、心優しいあなた」
を必要とするのだ。
もしかするとそれが、あなたの一生を変える大きなきっかけになるかもしれない



結局僕は紆余曲折を経てGISの技術者になり、専門分野は違っても、
多少なりとも防災の分野に寄与できる立場に辿り着いた。
あの頃よりも、少しは人の役に立てるようになったんじゃないかなと考えている。
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by htadenum | 2011-03-17 11:15 | pensee | Trackback | Comments(0)

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